みほちゃんのこと
三年でクラス替えになるとき、保護者たちが皆心配したのは一組と二組の様々な違いだった。入学当初からそれはささやかれ、ベテランのUちゃんのクラスに手のかかる子を集めたのではないかと皆言っていたし、わたしもそう思っていた。先生たちは、決してそんなことはない、というのだけど。そのくらいあおのクラスはわちゃわちゃしていて、あおを筆頭に、落ち着かない子どもが何人もいた。隣のクラスはそれに比べて落ち着いていて、特性のありそうな子もいたけど、もっと冷めているというか、わあわあしないタイプの、変わった子がいる印象だった。2年の担任のマッチは、そんな一組が可愛くて仕方ないといい、七夕の笹に飾りつけるって言っても大騒ぎなんですよ〜、ほんとうに一組の子は無邪気でかわいい、と目尻を下げていたけど、一年の終わりには学習進度にも差があったし、ここでクラスを混ぜてどうなるのか?という不安もあった。やさしいマッチのおかげで、Uちゃんを失った後の一年、愛情たっぷりに注がれてすごしたあおは、少しづつ、落ち着き始めていたようだった。だからこそ、マッチから離れるのは不安だったし、他のどんな先生に当たるかわからないのでこのままでいたかった。
新学期、あっさりとクラス替えと担任替えは行われていた。新しい先生はすごく若くて可愛い女性の先生。大丈夫かな?とやっぱり思った。ベテランでもない、体の大きな男性(マッチは優しいけどめっぽう背が高かった)でもないこの先生、こどもたちが言うこと聞くのだろうか?と。杞憂だった。ひたすら優しいマッチとちょっと違って、ピリリと叱る時は叱る、メリハリのあるみほちゃんは割とすぐこどもたちの心をつかんだ。5月の連休まえの個人面談で、おそるおそるあおの様子を聞くと、何にも心配いりません!という。
まさかと思うと、みほちゃんは、「確かに最初はクラスが混じって、びっくりしてる子もいました。でも、元二組の子があおいとかをみて、あ、これでもいいんだって力が抜けることも絶対あると思うんですよ」などという。そして、「あおいの発想って、本当に面白いから。あおいが、クラスの中で色々できない子みたいにならないように、そういうのを拾って、クラスのなかの、あおいの立場をアップさせるように計ってます!」と、いうのだった。そんな理想的なことがあるだろうか?たしかにあおいみたいな子は、先生に多く注意されればされるほど、周りの子供たちがそういう目で見るようになってしまうということがある。こどもたちは大人の目に敏感なのだ。この子は言ってもいいやつと、認定されたらかなりきつい。だからこそみほちゃんのこの視点はありがたかった。叱られる要素の多い子だけど、面白がってくれる人に出会えて、面白がってもらえたら、多分彼は輝く。そうして、みほちゃん頼みの三年生生活が始まったのだった。
今日はみほちゃんに叱られたというあお。一体何があったのかと思うけど、あおのこと大好きなみほちゃんだから、ぜったい、無意味に叱ったわけじゃない。どうしても伝えたい方があったはず。ちゃんとその疎通がなされますように。みほちゃんのことを思い出しながら、祈っている。
雨の火曜日、図書室。
朝から雨の火曜日。今日はのゆりの課外活動先はのお迎えがあり、駅で電車を待っていたらあおの学校から電話が来た。学童に寄るはずだけど手違いがあったかなと嫌な予感がしつつ電話に出たら、教頭先生だった。三年生になってからの担任のみほちゃんが今日あおいを強く叱ったところ、学校から帰ってしまったようで、学童にもいないんです、という連絡。今日はわたしはお迎えがあるから、あおは習い事の前にわたしの母と3時過ぎに駅で落ち合うことになっている。3時に学童を出るという約束だった。お母様はお家にはいらっしゃらないですよね…という電話。たまたまかりんが風邪で家にいるので帰ってきたら開けるようにさせます、と伝えたけど、教頭先生としては、安全確保をしなくてはならない、どうなるでしょうかという連絡だったようで、ああ、とその点にやっと思いが至る。GPSがあったのを思い出し(昨日は充電していて持たせるのを忘れたのでひやっとするが、今日はつけていた)確認したら、ウロウロしたものの学校を指していた。そう伝えると、わかりました、探しますと言って、電話は切れた。多分図書室じゃないかな、とわたしは思った。そうしたらみほちゃん、図書室に探しにきてくれるのかな。あおは拗ねたりふくれたり怒ったりしているのかな。痴話喧嘩かよ、と、普段使わない言葉でつい苦笑する。例え学校から帰っていたとしてもあまり驚きはしなかったけど、学校にいてくれて、ほっとした。学校にいるとしたら、図書室なんじゃないかなとまた思っていたら、教頭先生かや電話があって、やはり図書室にいた、という。謝って、よくよくお礼を言って電話を切った。それにしても、みほちゃんをそんなに怒らせるとは一体何をしたんだろう。みほちゃんはまだ26の、めちゃめちゃ可愛いアイドルみたいな顔立ちの先生で、三年になっての担任替えを心配した私の不安を、一発で払拭した凄腕教師だ。私はいまは、みほちゃんを全面的に信頼している。どんな理由であれきっときちんと向き合って話してくれるだろう。願わくは、あおがちゃんと、みほちゃんに向き合うことが、できますように。親愛なるみほちゃん。親愛なる図書室、図書室の神様。お願いします。雨の図書室で、仲直りができますように。
やさしい波止場
あおの担任の先生がことしで退職するらしい。それを聞いて目の前が真っ暗になっているのはあおよりもわたしで、それほど、この一年先生に助けてもらったこどもはいない、そしてわたしだけでなく何人もの親がそう思っているようだ。
こどもたちからUちゃんと親しみを込めて呼ばれるその先生が、コロナにに罹患して1週間お休みした時、わたしは何も知らなかったけどあおは次々やってくる代理の先生にふざけ続け授業妨害を繰り返した、とあとで聞いた。それが我が家のこの一年の絶望のマックスだったろう。Uちゃんがいたらそんなことはしない。でもいなかったら?来年度は?その先生がいれば大丈夫、ではわたしの不安はおさめることはできなかった。冬休みは、親子の時間をたくさん作ってあげてください。その時Uちゃんはそう言った。Uちゃんは、ことあるごとに電話してきたりはしない、面談で「えー!」となることばかりだったけど、でも1年間、間違いなく私たち親子の波止場だった。
でも今、ショックだ、心配だ、真っ暗だと思いながら少しだけあおに期待している気持ちがあって、それは、最近あおが目に見えて成長してきたと思っているから。それは、意外にも作文を書くことから始まった。
3学期、終わりの会でその日心に残っていることを書く、と言う作業が始まった。1日目からあおの作文はイカしてた。跳び箱を練習したと言う作文で、タイトルは『おしり』だった。おしりを高く上げると習って、そうしたら体がフワッと浮いたんだそうだ。その作文に『おしり』と言うタイトルがあり、Uちゃんはそれを、「大傑作」と言って「文の『しかけ』がもうできている!」と絶賛してくれた。わたしも毎日の作文が楽しみだった。親がコメントを書き、先生がコメントを書き、返ってきたものはファイリングした。ある日、その作文に、驚くことが書いてあった。「きょうはこくごでしゅうちゅうして、りずむはできなかったけど、おんがくで、はじめてせんせいのいういいこえでうたったら、すごくきもちよかった」という。国語でリズムをやるの?と聞いたら「音楽!」と怒られた。国語で集中して遅れていったから、リズムは終わっていた、と言うのだった。それにしてもなんと!あおはずっと、音楽の授業が嫌い、と言い続けていて、わたしはひそかに悲しんでいたのに!いい声で歌って気持ちがよかったなんて!何があったのだろう?こんなことがあるのかと、そのいつか、を待つしかないものなのかなと、喜びつつも思っていたら、その話には、まだ裏があった。国語で集中、も、また作文だったのだ。
その日は終わったばかりの発表会についての作文を国語の授業で書いていた。あおは書き終わらず、休み時間も1人で書いて、それでも終わらなくて、次は音楽の授業だった。Uちゃんが声をかけると「これ、終わらせたい!」と言い、Uちゃんは、「わかった!これ終わらせよう!」と、教室でふたり、あおが書き終わるまで待ってくれたそうだ。音楽の授業半分くらいもたってから作文は書き上がり、Uちゃんが音楽の授業に送っていった。そして、あの「いい声」のくだりと、なったのだった。
その時Uちゃんが、「次音楽の授業だから、またあとで書こうね!」といってやめさせていたら(そしてそれは学校でも家庭でも往々にしてあることだ)…多分音楽では机をガタガタ、歌は歌わず、作文ももう、書かなかっただろう。出来上がった作文は3枚あった。タイトルは「じしんまんまん」。発表会の劇は「じしんまんまん」だったんだそうだ。でも途中で、みんなが頑張ってるからじぶんもがんばれるってわかった。と書いてあった。そんなお手本みたいなこと,教えたことないのに!笑。
Uちゃんはあおの、芽が伸びる瞬間を捉えて伸ばしてくれた。山に一歩足をかけたところをそっと支えてくれた。じゃましなかった、と言ってもいい。じゃますることばかりしている、とわたしは自分でおもう。来年Uちゃんがいなくて心配だとわたしが言えば、Uちゃんはきっと、いまのあおなら大丈夫、と言うだろう。そうなのかな。そうだといいけど。そしてわたしも、じゃましないおとなになれるだろうか。あおはまた、じゃましないおとなに、出会えるだろうか。こどものそだちとは、それを支えるとは、なんとシンプルで、だからこそ、難しいのだろうかと、別れの辛さ以上に、今、思っている。
まちぼうけ。
その日はあおがプールの日なので学童によらず、掃除をしたら帰ってくるあおを駅で捕獲しておやつを食べさせプールに送り込む、というミッションなので、かりんの卒業関係の係の仕事を早めに抜けて駅で待ち伏せていたけど一向にGPSが動かない。そういえば帰りの会できょうの振り返りを書くということを始めるから少し帰りが遅くなりますと、保護者会で言っていた。プールまでは1時間以上あるのであおがきたらどこかでおやつがてら、わたしはお昼を食べようと待っているが全く来ない。買ったばかりの認知行動療法と子育てのハウツー本をゆっくり読むことにして、駅の中の椅子に座っていたけど、あまりにも遅い。居残り遊びの時間を過ぎてもGPSが動かなかったら学校に電話しよう、と思ってスマホを見ながら遅いお昼を済ませるためにおにぎり屋さんに入って、季節のおにぎりを食べる。結局プール直前にGPSが動き、改札の近くで待ち伏せているとふつ〜の顔であおが歩いてきた。「あお!」と声をかけ、「…何かあった?」と聞いてみると、「…なにも?」ときょとんとした顔。「もう、プールはじまるよ?」と聞くと、「ああ〜〜〜」と言って、「待ち構えて居残り遊びしてきちゃった」という。もうおやつ食べる時間ないよ!とプールに送り込んだのだった。
そして週末を超えた平日。またまた駅で待ち合わせの日、その日はのゆも一緒なので急いで用事を済ませてデパートのこどもトイレでのゆのトイレを済ませたけど、やっぱりGPSが動かないので屋上で少し散歩する。なかなか動かないGPS。その日は居残り遊びの時間も過ぎていたのでこれはまずいかと思うころ、やっとGPSが移動開始した。慌ててのゆを連れて、駅まで急ぐ。いつもなら図書館に寄る時間もあるのにと連続な待ちぼうけに呆れてしまうけど、本人に聞いたら「みんなで図書室にいて、時間過ぎてるの、気づかなかった。」というのだった。それで、どうやって気付いたの?と聞くと「Aが、あー!やばい!時間過ぎてる!って言ってみんなで教室に戻った!」と。「なんで?」と聞くと「カバンが教室にあったから」と。そしたら先生がいて、時間過ぎているのにカバンがあるあおたちを探していたらしく、「あーいたいた」となって少し「お話」があったのだそうだ。
どうしたら時間がわかるのかなー、と話し合うも、なかなか難しい。図書室に入った時に先生に、「〜時に帰らなくては行けないので時間になったら教えてください」って言ったらどう?というけど「それはむり」なんて言う。これはいよいよ、本人が希望していたチャチな腕時計を持たせるしかないのか。
待ちぼうけが2日続いたものの、許可制の携帯を持たせてもおもちゃにするかしまいっぱなしかのどちらかだと思うと持たせる気にもならないので、どうしたものかと頭を悩ませつつ、、、「あ!時間過ぎてる!」と男の子が慌てて叫び、みんながそれについて走って行くのを想像するとなんだか可愛くて、まあ無事で良かったか、と思ってしまうのだった。
不機嫌なあお
昨日は10年に一度といわれる寒波の襲来で、かりんの帰宅前にお汁粉を作った。自然食品の店で買った美味しそうなあんこと、どんと焼きのお土産でもらったパウチのぜんざいを混ぜたら、程よいあずき感でとても美味しかった。
あおが帰ってきた時も、「あおー、お汁粉、きな粉餅、海苔もち、なんでもあるよ」と声をかけると「いらない!」という。あまりお餅を食べないのでそんなこともあるかと思ったら「何にも食べない!夜ご飯も食べない!朝ごはんも食べない!」と言ってソファに倒れ込んでいて、いつもおやつおやつとうるさくて食べ終わらないのだからこちらはびっくりして、どうしたの、と色々、色々聞くと、「今日は池が凍ってて遊べなくて悲しかったんだよ!」とおこっている。あらー、そうなんだー、と言ったものの、冬でも池で遊んでいたのか?最近お着替えなんてしてないのに、池に入るわけでもないのに凍ってて困るんだろうか?と、謎である。
とりあえずソファでうつぶせているので、ぬいぐるみをちらつかせてみたり、色々するが埒があかなず、まあ寝たらそれまでと放っておこうとしていると、何やらメモに書き付けていたかりんが「見てー、暗号ー。あおでも多分解けるやつ」という。ひらがなの下に数字が色々ふってある書き付けで、それを聞いた途端に漫画みたいにあおが飛んできた。「文字のしたの数字に注目だよ」とご丁寧にヒントまで。あおはしばらく眺めて、「あ!わかったー」といい、「きょうは なん ようび」と読み上げた。
「そう!」とかりん。「今日は何曜日?」「…水曜日」「だから何?」とわたし。何か好きなテレビとかあったっけ?と思いつつ。
「いや。わからなかったから聞いただけ」というので笑ってしまう。これでやや調子を取り戻したあおはおやつを物色してバナナを食べたり、チョコレートを食べたりしていつもより少しおとなしいくらいのあおになった。
しばらくして「池が凍ってて遊べなくて悲しかったの?」と聞いてみると、「いや?みんな氷を割って遊んでたよ」とけろりとしている。「さっきそう言ってたよ。じゃあなんだったの?」と聞くと「ただおちこんでただけ!」というので、「??なんで??」と聞くと結局、「つかれただけ!寝たくなっただけ!」などと言う。そっかー寒かったしねー、と言って、よくわからないけど今日は疲れたということで、話は終わったのだった。おちこんでいた理由を言いたくないのか、おちこんでるの使い方を誤っているのかわからないが、まあ先日の様子なら友達と何かあれば言ってくるだろう。夜は洗面器に水を薄くはり、葉っぱと木の実を入れてベランダに置いた。それで昨日は凍ったと言う子が居たそうな。今日はどうかな。とワクワクしている。凍ってくれたら学校に出す発見ノートに書けるし、朝から氷を確かめてごらんと起こすこともできる(朝、あおを起こすのはたいてい一苦労だから)のでいいなあと思うわたしだった。
読んだ本
『あくたれラルフのハロウィン』
『あくたれラルフ おなかをこわす』
冬の川で遊ぶ
久々の自然体験学校。本当は家族みんなで行く予定だったけど、修学旅行から帰ってきたばかりのかりんが全く起きない上に運転役のおっとも残業続きでゾンビみたいだったので、急遽わたしが下2人を連れて電車で行くことにした。電車の中で、のゆのお気に入りの絵本『あかたろうの1.2.3.の4.5.6』と『おばけのてんぷら』を読み、あおの『たくさんのふしぎ』の海の生き物の本を読んだ。途中車窓から富士山がくっきり見えた。駅に着いてバス停に行くと自然学校に参加する中学生親子と、むすめは不参加だけどハイキングしたいと参加した古くからのママ仲間がいて、おしゃべりに花が咲く。バスではあおものゆも、一番後ろの席でぬいぐるみのようにぺたっと座って大人しくしていた。
河原へハイキングというのは、大きな川の河川敷に行くという意味かと勝手に思っていたわたし、替えの靴も長靴ももたず、それぞれのこどもに着替え1セットの支度。そのことを、石ゴロゴロの河原に着いてすぐ後悔することになる。
そこそこ大きいお兄さんたちの会に混じっているあおは、全くじぶんが「おみそ」だとは思っておらず、彼らが「向こう岸に行くために石で橋作ろう!」というと率先して重い石を運び、川に投げ込み、徐々にズボンの裾も靴も濡れていき、結局靴も足も氷のようになってしまった。「寒い。冬眠する」と言ってシートにまるくなるも、橋ができたら呼んで!と言ってズボンを着替えようとしないので余計冷えていく。結局、うまく堰き止めすぎて水が岸の方に溢れていくという事態になり橋作りは中止になった。水が迫る岸から退避して小高くなっているところでみんなでお弁当を食べた。あおはおにぎり2つに唐揚げというお弁当を食べても足りず、持っていたあらゆるお菓子と頂き物のゼリーやおせんべを食べ、その後は言うことが「寒い、冷たい、歩けない」のエンドレスループとなったので、早めに切り上げて足湯に寄りましょう!とスタッフさんが言い、あおはビニール袋を履いてから濡れた靴を履くという森の幼稚園スタイルで、なんとか出発したのだった。
それでもしばらくするとビニールはずれたり擦り切れたりし、靴を脱ぎ靴下で歩いていると靴下の裏が穴があくというよりほとんど穴そのものになって、もう歩けない倒れた、と言って、気づいたらスタッフさんにおんぶされていた。ちびっこたちの自然学校ではこうはいかないよ〜今日は小さい子の立場だから甘えてるわ〜!と思うわたし。いいんですよいいんですよーとにこやかなスタッフさんに甘え、足湯まで運んでもらう。(大きなお兄さんたちは、早く学校に帰って河原で拾った石を磨く、と言って足湯に寄らず先に戻って行った)。
温泉施設の庭先で無料開放されている足湯にこどもたちの裸足の足をつけると、白かった素足がみるみる赤みを帯びていき、のゆはニコニコして座り、あおもすぐ元気になって喋りながらラムネの袋を出して食べたり、まくったズボンを濡らさぬよう慎重に反対側に移動したりしている。わたしも試しに一緒にやると、そのあと歩いている時も、というかもう帰宅するまで、ずーっと足が暖かかった。
流石にここからの帰り道、もうおんぶは頼めないと、あおをのゆのベビーカーに乗せ、のゆを歩かせることにする。大人の足で15分というが山の中の道路沿い…なんだかかなり遠かった。山の中の階段あり、坂道あり、吊り橋あり。のゆに、歩くという筋トレをしてほしいわたしとしては願ったにかなったり。ご機嫌で歩いては途中で突然道の端にちょこんと座るのゆを、スタッフさんもお母さんたちも見守ってくれて、あおはわたしにベビーカーを押されて色々おしゃべりして、のゆはみんなに囲まれてキャッキャッと笑い声を響かせながら、歩ききったのだった。
さて帰りはどうしよう、裸足で帰るわけにもいかず、スリッパでも借りて帰るか?と思いながら、昼頃から状況をLINEして迎えに来れるか打診していたのでおっとがかりんをつれて車で迎えに来てくれた。もう裸足でいいね!と安堵する。こんな機会もなかなかないので、さっきの足湯のところで温泉に寄って行こうか?と思ったけど実は足がその時もポカポカしていたので、まあいいか…!となり、そのまま帰宅した。足湯はすごい。冷えて帰った時にのゆにはやっていたけど、わたしはこれはむしろ防寒として、寒い日に出かける前に実践しよう、と思ったのだった!


あお、本を取り寄せたいと言う
17日(火曜)
今日も駅で待ち合わせ。幼稚園として通っていたモンテッソーリ園の小学生クラスにいくためで、時間の都合でのゆの幼稚園のあと、寒くてみんな帰ってしまった公園で1時間ほどのゆを遊ばせたあと、ベビーカーに乗せて駅に向かう。
駅に着くと今日はちゃんとあおがいて、あお!と呼ぶがなんだか憮然とした顔。そんなに待たせてないけど、と思いながら「おかえり」というと、「今日なぐられた!」というのでまさか帰りに怖い大人にでも会ったかと思うと、どうやら帰り道に友達が叩いてきたとかそういうことのようで、でも本人的には「なぐられた」という認識で「グーパンチ」されたと言うのだった。何か理由があるのだろうと思うのだけど本人は何もないという。こどものいうこと、多分あおがわかっていない理由や言い分が向こうにもあるのだろうけど「何もないのになぐられた」とあおが認識していることは事実なので、何らかの対処をするしかない。「せんせいに相談してみようか?ママ、電話する?」ときくと、絶対嫌だというだろうと思ったのに「うん」というのが意外である。それだけ困ってるということなのか。元気がないのがちょっとかわいそうで、いつもなら素通りさせるクレープ屋さんの車の前で「あ…たべたいな」と足を止めたのを、つい、「そうだね…今日はとくべつ。これ食べて元気だそ!」と、クレープを食べることにした。
それでもまだ時間があったので、図書館にわたしの予約の本を取りに行く。最近は取り置き本は専用のガラス張りのコーナーに並んでいて、機械で持ち出し票を印刷して取りに行くそのシステムにあおは興味津々で、「あおも本ここから取りたい」というので「予約しなきゃね」という。
本を借りたいというので子どもの本の部屋に立ち寄り、「何借りる?」ときくと「分厚いやつ!」というので、絵本ではなく児童書の書架の間を一緒にあるき、「あ、『ずっこけ3人組』だ、パパ好きだったやつ」とか「みて、これかわいいよ、『カヤネズミの暮らし』だって!」と色々コメントしてみるけど、結局お目当てだったらしい『かいけつゾロリ』から一冊かり、貸出機にカードも通し大満足…かと思いきや外で「それで、あのコーナーでどうやって本を取るの?」というのでそれこそずっこけてしまう。え?あそこから取りたいなら予約しないと…と言い、道すがら、本を予約する、取り寄せるというシステムを延々と説明し、家になくて本棚にもなかったゾロリの本を調べて予約しよう、ついでにママは読んでみたい本あるな!『あくたれラルフ』にシリーズがあるらしいんだよ!なんて話をして、小学生クラスに向かった。のゆは最近機関車が好きでトーマスランドを満喫したのに機関車トーマスの絵本には見向きもせず、家にある『わにわに』シリーズの知らない絵本を嬉しそうに抱いていた。